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サムライ・後藤充男の想い

私がこの仕事をしている理由。

自分自身が責任を持ち、幸せに楽しく生きるため、簿記講師の道を決意。

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後藤充男の人生小冊子ダウンロード

後藤充男の人生小冊子/全17ページ・PDFデータ
簿記成績47人中45番のアホ学生から簿記教室の経営者になった男の実話〜彼女のたった一言から全ては始まった。

Q 少年時代の後藤塾長は、どんなタイプでしたか?

負けず嫌いでしたね。商品店を経営していた父親がすごく厳しく、僕が友達とのケンカに負けると「勝つまで帰ってくるな!」という人でした。3歳でボクシングを習わされたぐらいですから。そういうしつけの影響もあってか、僕は昔から非常に負けず嫌いだったんですね。小学生時代は国語が嫌いで、他の教科は全部そこそこの成績。覚えものは全般的に得意でしたね。5年生の時に半年だけそろばんを習い、数字の桁に強くなったのは、今思うといい経験を積めたなと思っています。中学生の頃は、まだ体が小さくて、ちょっと素行不良な女子とかにちょっかい出されたりしてました。そういうことが悔しかったのもあって、高校に入ってからは筋トレばかりやってましたね。空手も2年間やりましたが、目的は筋トレですから。当時はシルベスタ・スタローンの『オーバー・ザ・トップ』というアームレスリングの映画が流行ってたんですよね。筋トレの成果で、女子にはなめられなくなったけど、今度は鍛え過ぎて恐がられるようになりましたから、なかなかうまくいかないもんです。高校時代は筋トレと野球ゲームのファミスタに明け暮れて、全く勉強はしませんでした。当時、高校で、僕に初めて簿記を教えてくれたのが、永井先生という方。教え方はとても上手だし、先生自身にカリスマ性が宿ってました。ただ僕はまだ簿記に目覚めてなかったし、何より勉強嫌いの生徒だったので、クラスの47人中45番目の成績でしたが。

Q 高校卒業後、なぜ茨城県から岐阜県の大学を選んだのですか?

深い理由はないんですよね。大学選びの雑誌を読んでいたら、僕が進んだ大学だけ、願書取り寄せに切手を貼らなくてもよかったという。それと学校内に筋トレができるトレーニングルームがあったのも目を惹きましたね。僕は、経営学科であれば、どの大学でもよかったんです。たまたまそこが岐阜県の学校だったというだけ。入学後、新聞の地元欄を読んでいたら、岐阜県の17人の高校生がその時の日商簿記1級に合格したという記事を見つけ、驚愕しました。僕も商業高校出身ですから、そのすごさはすぐに理解できたんです。僕らの高校では日商2級でも受かればヒーローだった。それが1級、しかも一度に17人も合格ですからね。これはとんでもない土地に来たなと、初めて実感しました。

Q 後藤塾長が簿記に目覚めたきっかけとは?

当時の憧れていた女性がきっかけです。その人は勉強もできるし、資格もたくさん持っている女性でしたから、僕も見合う男にならなきゃと、勝手に思い込んだんです。だからまずは簿記の資格でも取らなければという発想。ほとんど話をしたこともない。それでも一方的に結婚すら意識しましたから。今考えるとアホですね。彼女には「日商簿記の2級に合格したらデートしてほしい」と頼み、OKの返事をもらいました。それまで一度もしなかった猛勉強をして一発合格。デートの時、見事な程に振られましたが、今でもその女性へは深く感謝してますね。彼女の存在があったからこそ、その後の人生も180度、よい方向へと変わりました。その人に出会ってなかったら、この仕事は絶対にしなかったと思います。簿記に目覚めた僕は、大学の先生からの「大学を卒業すれば税理士受験の資格が得られるのだから、簿記1級は必要ないよ」というアドバイスを無視して、1級取得を目指しました。理由は、いちばん上の「1級」のランクが欲しかったから。負けず嫌いの発想がここでも発揮されましたね。

Q 簿記講師という教える側にシフトした経緯を教えてください。

簿記の日商1級を取得するための勉強法として、僕に1級を教えられる能力が身に付けば自ずと合格できるだろうと考え、大学の後輩たちを無料で教えました。これが僕自身、非常に楽しかったんです。「簿記講師を仕事にしたら、僕は一生、幸せだろうな」と感じたぐらい。でも当時は社会正義の信念を持って、世の中の悪い人間を懲らしめようと公認会計士を目指していたため、本気で簿記講師になろうとは思っていませんでした。23歳の時、専門学校で簿記講師をしていた先輩が辞めるにあたり、その方へお願いして、後釜に推薦してもらったんです。時給のよさと「能力を活かして働けるのはいいな」ぐらいの感覚でした。本格的に簿記の講師として飯を食っていこうと考えたのは、その2年後ぐらいです。

Q 本格的にプロ講師を目指した理由を教えてください。

その頃の僕は、公認会計士の試験にずっと合格できずにいました。社会正義の意識で目指している僕が受からず、「会計士は給料が高いから」と短絡的に考えている人間が合格していくのを、ひがみややっかみの気持ちで眺めていたんでしょうね。当時のニュースであるアベックが殺された事件を知った時、あろうことか「ざまあ見ろ」と感じてしまった。そこで我に返ったんです。僕は社会を正そうとして、彼女もできない環境で勉強していたんじゃなかったのか、僕は偽善者だ、と心底、落ち込みました。それからは悩んで悩んで、これからは社会のためにという格好つけた考え方ではなく、自分がどうしたら幸せに生きていけるかの発想で、勉強と仕事に取り組もうと決めました。僕自身の幸せのためならば、失敗しても自分だけの責任。何より、講師の仕事が天職だということに気づけたんですね。将来、独立して、士塾をつくろうと決意したのもその時期。今は来たるべきその日のために、修業、実績、訓練、ノウハウを積み重ねていこうと考え、32歳まで後藤流のスタイルを磨き続けました。

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