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サムライの師匠から学ぶ

永遠の師匠と教え子が語る師弟対談
簿記指導のカリスマ・永井邦夫さんvs士塾・後藤充男塾長

[ダイジェストビデオ]
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マージャンと鉄が教師への岐路。簿記指導者への第一歩とは。

簿記の世界を志したキッカケは何ですか?

永井
親父に小さいころから「商人になれ」と言われて、商人といえば商業高校に行かねばと思って商業高校に進学したのです。簿記は、当時の担任の先生に強制的に教えられたという感じですね。でも、やってみると簿記はとにかく面白いんです。だから自然と勉強もしましたし、力もついてきました。私は高校2年生のときに全商の一級をとりまして、「オレ、才能があるんじゃないかな」と思って。「この道を極めようか」という気持ちになり、大学に進学したのです。
学校の先生になったのも運命です。ちょうど教職免許のオリエンテーションの日にマージャンの予定がありました。ところがメンバーがひとり足りなくてマージャンが中止になったのです。そのとき友達に「教職免許のオリエンテーションがあるから一緒に出てみよう」と言われて行ってみたのです。そして「もったいないから教職を取っちゃおうか」という感じで教職の道に。それがなければ教員になっていなかったですね。
後藤
誘ってくれた方の運命ですね。
永井
そうですね。それで、茨城県の教員試験を受けてみました。当時、すでに神戸製鋼に内定していて、結果的に教職も受かりどちらにしようかと思い、恩師に相談したのです。そうしましたら恩師から、「鉄を作るのと人間を作るのと、どちらがいいんだ」と言われまして。それで、神戸製鋼を辞退して、教員になったのです。
後藤
マージャンと鉄と、大きな分かれ道だったんですね。
永井
水戸商業高校の担任だったとき、いつも後藤さんのことを気にしていましたよ。「後藤くん、後藤くん」って。ただ、後藤さんは簿記に対しては乗り気じゃなくて、「適当に単位が取れればいいや」という感じでした。でも簿記の力はありましたよ。人間は能力よりも勉強しなくては伸びないじゃないですか。ただ彼はきっと燃えなかったんでしょうね。燃えれば、今のようになるんです。
後藤
当時、燃えるものはファミコンゲームでしたね(笑)。燃えるものが簿記だったら、もっと勉強をやっていたんだと思いますが、方向性がちょっと違いましたね。
永井
後藤さんは真面目だったし、気質がサムライ的で男気がありましたね。人の上には立たないで、ちょっと控えめに行動していましたね。やるときはやるので試験ではきちんといい点数を取っていましたよ。

教え子のデーブ大久保、井川慶と同じ「藍よりも青し」を感じた20年ぶりの再会。

お二人が再び交流されたキッカケは何でしたか?

永井
2年位前に簿記教室の広告を偶然見て、「こういう男がいるんだ。すごいなあ」と思って、よく見てみたら「後藤充男」って書いてある。「聞いたことある名前だな」と思って、卒業生名簿を見たら、「ああ、やっぱりあの後藤か!」と思って電話をしたんです。当時、産業技術短期大学校で教えていて、後継者を探していたので、後藤さんに頼んでみようと思ったんです。
後藤
最初うちの母親が電話に出たのです。「詳しそうな人から電話がかかってきたよ。ちょっと普通と違う雰囲気の人だよ」と。名前を聞いたら「永井邦夫」と書いてある。「あれ?これ永井先生やんけ」と思って。「永井先生だぞ。オレの簿記の先生だよ」と僕からすぐに折り返し電話をかけさせてもらいました。
永井
20年ぶりに会った後藤さんは成長していましたね。私の生徒を前に10分か15分話してもらったのです。生き方、簿記に対する考え方、学習の仕方など、ずっと後藤さんの話を聞いて、「藍よりも青し」という感じがしました。成長して、私よりも上になって生きてるという感じがしました。水戸商業の教え子では、野球の井川慶や博元(デーブ大久保)とかもそうでしたね。

こだわり続けた落ちこぼれを絶対につくらない指導法と「やる気」の出る授業。

簿記の指導において心がけている点は何ですか?

永井
私が指導で心がけているところは、やはり分かりやすくということ。私の場合は、簡単に早く理解できるような手法を研究しました。それを全部教える。そして一番大事なのは、やる気を起こさせる指導。私が若いときのように簿記に夢中になってやりたくなる、そういった考え方を大事にしています。そして簿記を通して人間を作る。負けじ魂を作る。やっぱり簿記は鉛筆を動かさなくては駄目なんです。そうすれば税理士にもなれるし公認会計士にもなれるんです。
後藤
僕が永井先生に影響を受けているところは、やっぱり「やる気」の部分ですね。やる気がなかったら絶対に伸びないし、やる気があったら最初は詰まってできなくても、あとで復活してやるようになるので、そこが一番大事なような気がします。高校一年のときの永井先生の授業は、教室の流れを先生が全部支配しているという感じでした。自分が簿記講師を始めたときに教えたのが20歳くらいの子だったので、当時の永井先生の教え方を真似しましたね。
永井
当時、私は落ちこぼれを嫌っていたのです。落ちこぼれを残して教えたりしました。簿記って、ちょっと躓くとずっと躓いてしまうんですよ。最初の頃に躓いたら可愛そうじゃないですか。せめて途中で、「簿記は私に合わない」と思うまでは続けさせてあげたい。だから落ちこぼれは嫌いなんです。通信簿も私は3以上しかつけません。1や2はありません。落ちこぼれを作らない。それを教員生活の中でずっとやってきました。
後藤
今、先生がおっしゃったように簿記は躓くところがあります。僕は、一番最初が一番躓くような気がするんです。借方、貸方が逆になっちゃったりして。そこをうまく教えて、躓かせないようにすること。ミニテストを必ずやるので、出来ない場合には人によって指導法を変えながら、出来るように誘導するということを気をつけています。

簿記は人生そのもの。簿記により人生が作られる。簿記学習で豊かな人生を築いて欲しい。

今後の目標とお互いに向けてのメッセージをお願いします。

後藤
サムライの心。これは僕なりの解釈ですが、サムライの心は諦めないというところ。ここは永井先生の影響を受けています。だから、僕も最初はできなかったのですが、あきらめないで期末テストなどでは点数を取るために勉強しました。永井先生と出会わなかったら、絶対に簿記はやっていませんね。永井先生はやはりカリスマです。色々な簿記講師を見てきましたが、どんなにカッコ良くても、どんなに教え方がうまくても、カリスマ性がないと人がついてこないんですね。そういう部分は永井先生から一番学べた部分であり、真似したいなと思う部分です。
永井
後藤さんには教育の精度を高めて頂きたいのと同時に、生徒をたくさん獲得してその良さを教えてほしい。生徒を増やして、明日のことを目指す人間、あるいは産業界で活躍する人間が増えていくことを期待したいです。
後藤
人間を作っていきたいということですね。さきほど先生から「鉄を作るのか、人間を作るのか」というお話がありましたが、僕もやっぱり人間を作る、サムライの心を持った人間を作る、気持ちが強くてあきらめない心を持った人間を作りたいと改めて思いました。
永井
私にとって簿記は人生そのもの。学問と言えるのか、技術というのか、資格というのか、簿記に出会ってこれでずっと生きてきましたから。これで人生が作られるし、人生が生まれてきたし、今後も生きてる限りは、この分野で生きていきたいなと思います。まさに人生そのものです。
後藤
僕もまったく同じですね。まだ僕は39歳ですが、今までも、これからもずっと簿記がないと生きていけない。だから僕にとっても簿記は一生ものです。大地震のときに、それをはっきり思いました。あの時、まったく何もなくなって、電車も止まって、ガソリンもないけど「先生の授業を受けたいからお金を払いに来ました」といってくれた生徒がいました。そのとき、本当に僕には簿記しかないんだなと心から思いました。やっぱり自分が作った士塾を茨城の日立でやっていることに価値があるんだなと、生徒から教わりました。永井先生は、僕にとり永遠の師匠ですね。カリスマの師匠です。
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